2010年06月24日

滲み

 関東は、梅雨入り。
群馬の我家の梅の樹、深く香る濃いみどりの葉影には、見えつ隠れつ、丸(まろ)かせ、たわわ・・・
 
少しずつ大気はまったりとした重みを増していき、やがて、感極まって溢れる涙のように、天から地上へと慈雨の時がやってまいります・・・

日本の雨は、重い雨、ヨーロッパの雨は軽い雨。傘もささずに歩くなど、梅雨の日本では考えもつきませんが、乾燥したヨーロッパでは、雨など無きが如くに、さっそうと歩く人々の姿をよく目にします。
ヨーロッパの地に雨季はありません。6月は、一年の内でも爽やかさひとしおの季節、人々の心は、短い夏へと、精一杯解放されていきます。夏至の頃の北ドイツ、夜の帳は、やっと9時、10時頃に訪れます。

とかく鬱陶しい梅雨ですが、常日頃、日本文化は「水の文化」と感じております私は、ドイツに長く住むようになってから、心地よいとは言い難い母国のこの季節を、時折、昔とは異なる見方をするようになりました。
人の五感は、その心に数々の作用を及ぼしますが、現在只今の私が、2010年の梅雨を、まず感じますのは、「水分をたっぷりと含んだ緑色の匂い」です。
「緑立つ」は、春の季語ですが、新緑の緑は、目に清かに「立ち」、梅雨の濃い緑は、芳しく「立ち上がる」といったおもむき・・・

 また、遠く雨にうちけぶる松山の稜線は、大気に溶け行くように、静かな空気の流れを表します。水分を多く含んだ空気は、「ものの境目」を暈(ぼか)します。
ヨーロッパでも、雨の日など、霧にけぶり、ぼんやりと神秘的な風景に心を奪われる時もあるのですが、その多くは晩秋の肌寒い朝や夕刻で、たちまち消えてしまう一瞬ばかりのような気がいたします。そこでは、「ものの境目」は「物の境目」として、くっきりとした世界に常住し続けるのです。
「ものの境目を暈す日本の湿潤な風土」は、当然のことですが、数々の芸術に独特の作用を及ぼしております。或いは、人の気質に反映されるが故に、藝術に、文学に、世界でも稀な性質を与えていると云うべきなのかもしれません。
「暈し」が、最も顕著に表れているのは、水墨画の世界でしょう。その深い成り立ちは
難解ですが、日本を考えるにあたり、私としては、どうしても外す事の出来ないものの一つとして、勉強してみたいと思っております。今は、感覚として、水墨の「滲み」の中に、自己を読み取る鍵が隠されているのでは、と思うばかりです。

「風土」は、それぞれの国の文化を生み、国民性を作り上げていき、現在の私たち日本人は、今日までの長い日本の歴史と気候風土によって育てられた結果なのでしょうが、この梅雨特有の鬱陶しさは、深く考察する気力を削ぐところがあります。正直に申し上げるなら、久々の梅雨の鬱陶しさに、「湿潤なる文化、水の国、日本」と声高に言えない重さを感じているのも事実なのです。

古来、日本人の生活様式は、「夏を旨とすべし」、家屋の作りも、木や紙や竹を主体に、冷房など無い昔は、数々の工夫がなされてきました。今は、古い日本の生活様式を昔どおりに守っているお宅は数少ないことでしょうが、夏障子(簾障子)や、簾、葦簀(よしず)などの風通しを良くする工夫、石庭に響く鹿威しや水琴窟(すいきんくつ)、風鈴などの涼やかな音色など、今は、身近になかったり、懐かしく思い起こしたりするものばかりです。
逃れようのない高温多湿の日々を、聴覚や視覚、また味覚などでしのぎ、あるいは楽しもうとする日本人のきめ細かい神経を改めて思います。

201006.jpgさて、そうした日本の夏、いけばなでは、まさに竹籠の出番となります。我家では、床の間の掛け花に、今を盛りのどくだみの白い可憐な花を活けております。裏庭一面に咲くどくだみ、薬草で、独特の強い香りゆえ、茶花としては八重咲きのものを用いるようですが、私は、白い可憐な姿が好きですので、一重でも気にせずに活けます。
夏椿(娑羅樹)の蕾もふくらみ、朝に開き、夕べには散ってしまう儚い白い影を愛でるのも、この時季の楽しみの一つです。

竹籠は、夏のしつらいとして、ガラス器などと共に多く用いられ、涼やかな空気を醸し出してくれます。琅玕齋は、かつて白錆竹を生活雑器の笊などから、一段上に引き上げ用いました。すっきりとした材の色は、行や草の形と相俟って夏の花を生き生きとさせます。また、年を経て、白錆色は飴色へ変化して参りますので、夏に限らず、見る側をおもむきの深い世界へと誘ってくれるのです。

雨にけぶる山の峰々、たっぷりと水を含んだ緑の木々、深く潤った苔の柔らかさ、湿潤な季節が私たちに与えてくれる数々の風物たち・・・

私は、数日後に帰独を控え、名残惜しく、心をこの空気に滲ませ、「自己の境目」が暈された今を味わっております。いきなり、ヨーロッパの乾燥した夏に抛り込まれてのご報告は、次回させていただきます。みなさま、気候不順の折柄、どうぞ呉々もご自愛なさいますよう、お祈り申し上げます。

posted by mari at 21:02 | 2010年