2010年12月28日

竹の音

20101228-2.jpg 吹雪になりました。
 白い嵐、風の成すがままに、真白き雪の乱舞は、縦横無尽に猛り狂います。

 尺八の音色(古典 鶴の巣籠り)を聞きながら、この原稿を書いています。

 ここは、北ドイツの我が家、12月10日、寒波真っ只中のヨーロッパの大地に戻って参りました。

 凍てる純白の大地、生き物たちは、それぞれの塒(ねぐら)で、ひっそりと息を潜め、何を思っているのでしょう?

 私は、驚いております。

 異国の雪嵐にさえも尺八の音が溶け入る様になって、私の心と魂を揺さぶり、慰め、包み込まれていく事に・・・

 そして、「青い目の尺八奏者」へ、遠くここドイツの地から、囁きかけております。

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 ジョンさん、お元気ですか?

 11月7日、千葉房総でのミニコンサートでは、ありがとう。

いつもの事ながら、竹の音色の素晴らしさと、ジョンさんの魔法にかかってしまった私も含めた会場の人々の熱気は、改めて「竹の不思議」を私に感じさせてくれました。

 音楽は、あまりジャンルにこだわらず、クラシックから民俗音楽、演歌まで聞く私ですが、やはり尺八は、別格かもしれません?

 子供の頃、時々父の尺八を聞いておりましたし、十代の頃は、尺八古典本曲のレコードも、大好きなバッハやピンクフロイド,インドのタブラなどと共に、聞いていましたが・・ 

 日本人の私には、身近な音色ですが、アメリカ人のジョンさんの尺八というのは、お会いするずっと以前から、「何故、どうして?」という思いで聞いていました。

20101228-1.jpg でも、千葉鴨川のご自宅に始めてお邪魔した時に、すぐさま、全てがわかったような気がしましたよ・・・ジョンさん、あなたもやはり「竹の申し子」なのですね?

そんな香りというか、匂いを感じて、いきなり尺八制作や、ジョンさん考案の竹の太鼓のお話など、どんどん本題に入り、竹について語り出したら、止まる所を知らないあなたの姿を拝見して、実はずうっと昔から、知っている人のように感じたものです。

 ジョンさんは、民俗音楽の探求から、運命の導きによって、京都へ辿り着き、都山流(とざんりゅう)師範免許を認可され、雅号「海山」(かいざん)、つまり、ジョン海山ネプチューンと成られたのは、世界的にも有名ですけれど、私にとっては、何だか旧知の「竹友達」のように思っております。

 私の祖父も父も、若い頃から、尺八を心の友として、仕事に行き詰まった時など、尺八一本引っさげて、山野に出て、一吹きしたそうです。尺八を無心に吹いていると、野を渡る風や、天の雲の流れと一体になることができて、我を去り、また、活力を得て、制作に立ち返る事ができると、父はよく話してくれました。だから、たとえ北ドイツの雪嵐であっても、全てを一体化させる不思議な力を醸し出すという事は、竹の自然の力なのかもしれませんね?

 でも、ジョンさんは、ジャズミュージシャンでもあるわけで、「青い目の奏者」として、独自の視点から、尺八や、琴などの楽器、ご自身で工夫された竹の楽器との合奏で、古典本曲の演奏家の顔と同時に新しいジャンルの作曲家としても、東西文化の融合を自らの身の内で、顕現されているという事は、大変なことだと思っております。

 ひと口に、東西文化の融合と言っても、それは、なかなか一朝一夕に成せることではありません。日本の文化は、太古の昔から現在まで、島国の風土という基盤の上で外からやってきた文化を咀嚼(そしゃく)、消化、吸収し、独自の文化を作り上げてきましたが、それは、長い時間をかけて、多くの人々によって成されたことです。

 尺八という楽器も、天平勝宝の頃、百済王より聖武天皇に献上された中国の「洞簫」(どうしょう)が原型で、和名「尺八」となり、時を経て、普化宗(ふけしゅう)の虚無僧(こむそう)たちが、禅の修業でもある吹禅(すいぜん、尺八を吹く事が,座禅と同じく禅の修業となる)として吹いたものが、今日に到っているという事だそうですね。

 水上勉著「虚竹の笛 尺八私考」には、「虚竹」(中国名シージュウ)という、日本人留学僧と中国人女性との間に生まれた混血児が、日本帰国後、尺八を広めたというお話もありますが、尺八の不思議な奥深さは、アメリカ人のジョンさんを30年以上もの間日本に留め置いたのでしょう。

 ジョンさんは、「何も無い」ということの深い意味や、「一音成仏」(いちおんじょうぶつ)ということを常々おっしゃっていますね?

 竹は、植物の中でも、中が空洞という極めて特殊なもので、その用途は、器物や、建材などから、果ては食材までと多岐に渡る、思えば、ほんとうに不思議な植物です。

 その竹が、尺八制作者でもあるジョンさんの手になり、見事な音色を奏でます。

 「一つの音によって、心が動き、涅槃(ねはん)へと導く。」という意味の「一音成仏」は、禅仏教用語ですが、日本文化のあらゆる側面を言い当てているように思います。

 日本文化について、往々にして、異国の人々の方が日本人よりも、はっきりと核心に迫る場合を目にすることのある私ですが、ジョンさんも、尺八を通して、一直線に日本文化に分け入って来られたのだろうと思います。
 
 祖父琅玕齋は、昭和5年の新聞記事の中で、「籠の制作においても、新しい時代の明るさを添える様・・活ける花そのものまで外来的なものも多くなったので、それに合しても少しも隙のないものを心がけることとなるのです。」と語っております。

 時代の流れの中で、原理を見失わずに人間が進化していくことは、時に難しいことではありますが、「竹」という自然素材の導きに任せながら、心の声に従っていくのが、「竹に纏わる(まつわる)ものづくり」の人々の方法なのですね?

 近代文明の渦の中にいて、頭で考えることばかりに支配されがちな私たちも、全てを空しくして、時に自然の中で深呼吸し、尺八の音色にどっぷりとつかってみるのも良いかもしれません?

 今年も、いよいよ残すところ、わずかとなりました。

 ジョンさんは、鴨川ののどかな、陽光あふれる竹林の中で、年の瀬、新年をお迎えになることでしょう? 
 私は、ほんとうに寒く、真っ白く凍てた大地で、今年をふり返っております。

 目を閉じると、竹は、太古の昔のまま、風にそよぎ、雪に撓い(しない)、私たちを見ています。

 どうぞ、お健やかに、そのままに新たな年をお迎えになりますよう・・・

                                       万里 

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 2010年、今年最後の随筆は、千葉鴨川在住の、世界的にも有名な尺八奏者、ジョン海山ネプチューン氏へのお手紙という形で締めくくらせて頂きます。
 
 本年を振り返り、思いは様々ですが、ありのままの私を、竹を通して思索する日々であったように感じております。
 今年も、日本内外で、色々な方々との出会いがありました。この随筆欄に書かせて頂いたのは、その一部の出来事です。

 そして、常々感じておりますのは、人や、ものとの出会いによって、「私」が見えてくるということです。

 今年一年、私の拙文をお読み頂きましたことに深く感謝申し上げると共に、新たな年に向け、皆さまの平安とご健康を祈り、より深く思いを込めつつ、本年最後の筆を置かせて頂きます。 

 皆さま、どうぞ良いお年を・・・

 
 (文中、写真のミニコンサートは、11月7日南房総のギャラリーSFKで開催された「竹(松本波風)と布絵(枕草子より)」展、最終日に行われ、尺八と墨絵の即興もありました。)

 ジョン海山ネプチューン 公式ホームページ
 http://www.awa.or.jp/home/jneptune/
posted by mari at 18:51 | 2010年