2011年10月13日

妙(みょう)

 夏の終わり、毎朝の日課で庭に出ました。

 庭の林檎はずいぶんと色づき、風がまた、心なし叫びながら吹き始めました。あまり夏らしいとは言えなかった今夏、時は今、まるで夏と秋の境目に屹立しているかのようです。

 光は、勢いを失い、小鳥達のさえずりは、溶け入るように風の叫びに混じり合います。

 林檎の枝から、まだ小ぶりのままの可愛らしい一つをもいで、がりりと齧る。
目をつぶり、風にまぎれながら天を仰ぎ、潔い酸味で我が身を満たします。
薄曇りの冷ややかな陽光が、酸っぱさと共に身体に染み入って行く瞬間。

 夏が終わって行く瞬間・・・

 北ドイツの季節の変わり目を幾度となく過ごしてきました。

 春が来て、命が輝き、その頂点の夏の到来、やがて喧騒の時が過ぎ、静けさの重みが増して、秋を抜け、厳しく重い冬の空気が満ちて行く。

 時は、いつもそうして過ぎて行きました。

 誰一人、疑うことなく過ぎて行く・・時の流れ。

 時を見るに妙・・・


 終ろうとするドイツの夏の数日間をベルリンで過ごしました。

 ベルリンという都市は、東西に分断された特異な歴史を持つ場所です。
壁崩壊後、二度ほど訪れた事がありますが、今回は、復興した街並みの姿に改めて時の流れを感じました。

 1989年11月9日、東西の壁の崩壊した日、私は、北ドイツの温泉町バッド・オイエンハウゼンのホテルの一室に居りました。部屋のテレビでフランス映画を見ておりましたが、突然、画面の下に「ベルリンの壁が崩壊、東ドイツ市民が続々と西ベルリンになだれ込んでいる模様・・」というテロップが流れ、事実を受け止め切れず、自分の目を疑ったことを昨日の事のようにはっきりと記憶しております。

 あの日から、20年余りの時が過ぎ、2011年晩夏のベルリンは、北ドイツの片田舎に住まう私には、東京に似た香りのする21世紀の町でした。

 前回は工事中で、通り抜けのできなかったブランデンブルグ門は、威風堂々と聳え立つ巨大な石造りの門で、大勢の観光客がそこここにあふれ、はるかその先には、戦勝記念塔の上に金色に輝く女神ヴィクトリアの姿もはっきりと見通せます。門の左右には、新築のアメリカ大使館など近代的なビルが整然と並び、しゃれたカフェには、傾き始めた夕刻の陽射しを楽しむ人々の明るい表情ばかりが目立ちました。

 滞在中のほとんどの時間を美術館巡りにあてた私は、ハンブルガー・バーンホフ現代美術館を皮切りに、バウハウス美術館、ペルガモン美術館、新博物館と時間を遡るように、現代から古代へと時の旅を続けました。日頃、日本美術ばかりに限定して鑑賞することの多い私ですが、久々に西洋美術の旅は、意義深い時間となりました。

 その大きさに誰もが圧倒される紀元前2世紀頃のギリシャの植民地国家ペルガモンで発掘された「ゼウスの祭壇」や、「ミトレスの市場門」「イシュタール門」などを再現、展示していることで有名なペルガモン美術館では、石の文化の象徴のような重厚なエンタシス様式の柱の優美な曲線に、ふと奈良唐招提寺金堂や法隆寺回廊を思い出しましたが、やはり空気湿度の違う風土の中で築き上げられてきた石造り独特の重さに、日本人の私は、一瞬めまいのような威圧感を感じました。また、巨大な遺跡を丸ごとすっぽりと屋内に再現してしまうゲルマンのスケールには、ギリシャロードス島で仰いだ、真っ青な空にくっきりと屹立する本来の遺跡の香りとは異なる不自然さを感じました。しかし、古代の人々の無垢の魂が、石の造形物の中に潜んでいる様で、はるか太古の人間達のどよめきが聞こえて来るようにも思ったのです。

 東京に生まれ、25歳までを文京区千駄木で過ごした私ですので、都会の喧騒に驚く事はありませんが、ベルリンの中心部、ウンターデンリンデンや、フリードリッヒ通りを人に紛れ歩いていると、現代のコンクリートの街並みに不自然さを感じさせずに古い様式の建物が溶け込んではいるのですが、言いようのない疲れを覚えたのも事実でした。

 ただ、東京とは違って、広大なティアガルテンの緑の木々は、人口の庭園とはいえ、都会の清涼剤のような役割を果たしており、歩き疲れた身には、ほっとする瞬間でもありました。

 やはり、西洋文化は紛れもなく「石の文化」の上に築き上げられているという事を、常に突きつけられるような時間でした。

 「ここに、お前の居場所はあるのか?」 歩きつつ、何処からかいつもそんな問いかけが聞こえて来るような気がしました。

 どこにあっても、気づくと常に日本美に思いを馳せている私ですが、ヨーロッパの大地に身を置く時間は、風土との違和感、それに反して宇宙の流れの下に感ずる同一感、日本と西欧、今と永遠、「対立と合一」との間を行き来しているような気が致します。

 結局は、「自分とは何か?」という問いが、「日本美とは何か?」ということに繋がっていくのかもしれません?

 9月も半ばを過ぎた二日間を、今度は長女とハイデルベルグで過ごす事となりました。
ベルリンは晩夏、ハイデルベルグではもう秋の気配に満ち満ちたすっきりとした空気の中を歩く事となりました。
 
 ハイデルベルグは、ベルリンとは打って変わって、戦禍をまぬがれたドイツ最古の大学町です。ネッカー川を挟んで南に旧市街、ハイデルベルグ城、ハイデルベルグ大学。カール・テオドール橋を渡れば、北岸の山肌に「哲学の道」が見え隠れしております。
 
 この時期、まだ観光客のあふれる旧市街でしたが、石畳の古道をかつては、ゲーテをはじめ、ヘルダーリン、ショパン、時代を下れば、ハイデルベルグ大学で教鞭を取ったというハイデッガーも歩いたという場所でもあります。
また、日本人とは大変に縁の深い町でもあり、かつて哲学者の三木清、九鬼周造など日本文化史に名を残す偉人たちの学んだ土地でもあり、初めて訪れた私ですが、日本の学究たちの匂いを感じるような親近感を持ちました。

 でこぼことした石畳の道は、実はこの10月からハイデルベルグ大学日本学部1年生となる長女の学びの道ともなりますので、母としては、とても感慨深い娘との二人旅となりました。

 ヨーロッパでは、1855年にオランダのライデン大学に日本学部が開設されて以来、日本学は、日本文化研究を主とする学問であり、ドイツでも、ベルリン、ハンブルグ、ボンなど、数箇所の大学で、多くのドイツ人が勉強しております。
日本学の学びの現況は、おいおい娘を通して知る事が叶う事となるでしょう。

 かつて、日本学と意識せず、日本文化を研究した人々は、ドイツに何人もおられますが、以前にお話したブルーノ・タウト氏や、「日本の弓術」の著者オイゲン・へリゲル氏などは、存外ドイツでの知名度はそれほど高くなく、日本でもまだまだ低い知名度よりも、現代のドイツでは、尚更に知る人ぞ知るといった存在である事は否めません。

 若い頃読んだ「日本の弓術」岩波文庫版を携え、かつてヘリゲルの学んだ古きハイデルベルグを歩き、帰宅後、読み返してみました。

 思い返せば、私の若い頃の自分自身への「問い」も、全くといってよいほど、今の「問い」と変わることなく、私の心の底にあり続けているように感じます。

 「日本の弓術」では、ヘリゲルが1925年(大正14年)から5年間の日本滞在中に研鑽した「弓術」の鍛錬の中で、気づいていった事柄や思い、また本来ドイツ哲学者としての日本文化に関しての考察を、1936年(昭和11年)2月25日にベルリン独日協会でドイツ人の為に行われた講演原稿を土台に著されており、昭和16年に岩波書店から発行されたそうです。

 65年の時を経て、時代は変遷し、日本の有様も大きく変化しておりますが、私は、日本人として、西洋文明の波の中に忘れ去ってしまった「心のあり方」を、ドイツ最古の大学町ハイデルベルグの秋の石畳の道で、ひとつ、またひとつ、拾い集めて来た様にも感じるのです。

 ドイツ人のヘリゲルは、斯道の達人、阿波研造範士に師事し、弓術の鍛錬を続けました。その間、いわば禅の精神の下、ことごとく、近代的自我を打ち砕かれて行きました。

 私には、はっきりとヘリゲルの考察を自分自身の言葉として表わせるだけの修行は、まだまだ足りておりませんが、長い時間の流れの下に、西洋から導入され続けた思考パターンを「無心」に受け入れ続けてきた私たち日本人が、東日本大震災や、福島原発事故の大きな試練の中で、本来の「無心」の意味を問い直して、深く深く考えなければならないのではないか、という強い思いを、今、改めて感じるのです。

 「妙」という言葉がありますが、私は、その字としての美しさと深い意味に、常々、思いを致します。

 美を成すに妙
 風を聞くに妙
 時を見るに妙

 オイゲン・へリゲルは、晩年隠棲したバイエルン・アルプス山中、オーストリア国境近くのガルミッシェン・パルテンキルヒェンで、71歳の人生を閉じました。晩年書き溜めた「弓と禅」についての膨大な原稿を全て焼却し、「花びらが木から散るように、静かにおちついて」息を引き取ったといいます。

 そのヘリゲルの最後にも、私は「妙」を感ぜすにはいられません。

 
 今年の夏から秋、日々は常成らぬ忙しさで、久々のベルリン、初めてのハイデルベルグへの旅もあり、なかなか思索に集中できずに、時間ばかりが過ぎ行きました。
来週の日本帰国を前にして、やっと、2ヶ月半ほどの間の途切れ途切れの思いをまとめることができました。

 11月12日より27日まで、群馬県太田市では「飯塚小玕齋回顧展」が予定されております。初日には「父の宿題、祖父の玉手箱」と題して、講演をさせて頂くつもりです。
今回は、太田市所蔵作品12点に加えて、父の代表作数点、祖父の代表作2点、鳳齋作品1点に加えて、父の弟子、松本破風作品2点、大木淑恵作品2点も展示されます。

 もし、お時間がありましたら、是非ご覧頂きたく存じます。改めて、展覧会情報詳細はお知らせ致します。

 秋深まる日本、今、数々の思いを抱きつつも、皆さまの下に、「秋風の妙」のあらん事を願いつつ・・・
posted by mari at 17:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2011年
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